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仙台高等裁判所 昭和33年(ネ)378号 判決

控訴人 河村栄吉貰

被控訴人 安ケ平ハル 外三名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「一、原判決を取り消す。二、控訴人に対し、(一)被控訴人ハル、同正男、同儀雄は、原判決別紙目録記載の家屋中階下一三坪二合五勺(原判決添付図面中朱斜線を施したところ以外の部分)および二階八坪を明け渡し、かつ、連帯して昭和三〇年一月一日から右明渡し完了に至るまで一ケ月金一五、〇〇〇円の割合による金員を支払え。(二)被控訴人三栄は、右家屋中階下一一坪五合(原判決添付図面中朱斜線を施した部分)を明け渡し、かつ、昭和三二年二月一日から右明渡し完了に至るまで一ケ月金一〇、〇〇〇円の割合による金員を支払え。三、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決ならびに右第二、三項についての仮執行の宣言を求め、被控訴人ら代理人は、主文第一項同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、原判決事実摘示のとおりであるからここにこれを引用する。

立証として、控訴代理人は、甲第一、第二号証、第三号証の一、二、第四、第五号証の各一ないし三、第六号証の一、二、第七号証を提出し、原審および当審証人清水キワ、当審証人小山東治郎(第一、二回)の各証言、原審での鑑定人蒔田三千蔵の鑑定結果ならびに原審および当審での控訴本人尋問の結果を援用し、乙第六、第七、第八、第一六号証の成立および第二、第三号証中の郵便官署作成部分の成立は認めるが、右第二、第三号証中のその余の成立およびその他の乙号各証の成立はすべて不知であると述べ、被控訴人ら代理人は、乙第一号証の一、二、第二ないし第一六号証を提出し、原審証人清水ハルヱ、同清水キワの各証言、原審での被控訴本人ハル、同儀雄、同三栄および当審での被控訴本人ハル、同儀雄(第一、二回)の各尋問の結果を援用し、甲号証につき、第五号証の一、二の成立は不知、その余はすべて成立を認めると述べた。

理由

一、本件家屋は、もと訴外清水ハルヱの所有であつたが、昭和二八年一二月三日控訴人が、右訴外人から買い受けてこれを所有するに至つたことおよび被控訴人ハル、同正男、同儀雄が、本件家屋のうち階下一三坪二合五勺(原判決添付図面で朱斜線を施したところ以外の部分)と二階八坪を現に占有していることは当事者間に争いがない。

二、そこでまず右被控訴人らの右占有がその主張するような本件家屋賃借権に基くものであるかどうかを判断する。

(一)  原審証人清水ハルヱ、原審および当審証人清水キワの各証言(原審での同人の証言中後記採用できない部分を除く)、原審および当審での被控訴本人ハル、原審および当審(第一回)での被控訴本人儀雄の各供述、成立に争いのない甲第五号証の三、これと当審証人清水キワの証言とにより真正に成立したものと認められる甲第五号証の一、二、原審での被控訴本人ハル、原審証人清水キワの各供述により真正に成立したものと認められる乙第一号証の一、二を総合すると、被控訴人ハルの亡夫訴外安ケ平仁太は、昭和二〇年八月ころ当時の本件家屋所有者清水ハルヱの母でハルヱが未成年者であつたため同人を代理していた訴外清水キワとの間に本件家屋につき期間の定めのない賃貸借契約を結びこれを賃借したこと、当時はあたかも終戦のころであつて、本件家屋は屋根や壁は壊れ、床板はなく、人が住めないほどに荒廃した空屋であつたが、仁太は、キワから将来これを仁太に売つてもよいとの話もあつたので、そのころ長年勤めた会社をやめた際にもらつた退職金の大半である金九、〇〇〇円近くを投じ、キワ了承のもとに本件家屋に大修理を加え、自分の欲するとおりに内部を改装し、畳建具を入れて、同年一〇月からその家族である被控訴人ハル、同正男(長男)、同儀雄(二男)らとともに本件家屋に居住し、前示被控訴人ら占有部分に理髪店舗を設けて被控訴人正男とともに理髪業をはじめ、家賃は同月から一ケ月金一三〇円として支払うことにしたことが認められる。原審証人清水キワは、仁太に本件家屋を賃貸した際将来これを同人に売つてもよいと話したことはないように証言しているが、これは真実を語つていないものと思われるから採用しない。そのほか前記認定を左右できるような証拠はない。

(二)  控訴人は、ハルヱと仁太との間の本件家屋賃貸借契約は昭和二八年九月ころ解除されたと主張する。控訴人の右主張は前記賃貸借契約が契約当事者双方の合意によつて解除されたとの趣旨であるのか、それとも契約当事者の一方が契約解除権を行使した結果、前記賃貸借契約が解除されたとの趣旨であるのか、明らかでないが、もし、前者であるとするならば、これを認めるに足りる証拠は一つもなく、もし、後者であるとするならば、どちらの当事者が、いかなる原因で解除権を取得したにつき控訴人が何ら主張しないので、その余のことを考慮するまでもなく、これまた排斥を免れない。

(三)  昭和二八年一二月三日控訴人が、清水ハルヱから本件家屋を買い受けてこれを所有するに至つたことは一で判示したとおりであるが、(一)で認定のとおり仁太はその以前にハルヱと本件家屋の賃貸借契約を結びその引渡しを受けていたのであるから、右賃貸借は、控訴人に対しその効力を生じたのであり、控訴人は、前記賃貸借契約上のハルヱの賃貸人としての地位を承継したものである。

(四)  仁太が、昭和三二年三月二日死亡し、被控訴人ハル、同正男、同儀雄が、仁太を相続したことは控訴人の明らかに争わないところであつて、控訴人がこれを自白したものとみなされるのであるが、以上の事実関係によれば、右被控訴人らは仁太から本件家屋賃借権を相続取得したものといわなければならない。

(五)  次に、前記賃貸借契約が、本件家屋の一部無断転貸によつて解除されたとの控訴人の主張について考察する。

(イ)  仁太が、昭和三一年一月末ころ本件家屋のうち階下一一坪五合の部分(原判決添付図面で朱斜線を施した部分、以下この部分を単に階下一一坪五合の部分と略記することがある)を被控訴人三栄に賃貸し、同被控訴人が、同年二月一日から該部分を使用して写真屋および写真材料商を始めたことならびに控訴人が、右賃貸は控訴人に無断でされたものであるとの理由で、仁太の承継人である被控訴人正男に対し昭和三二年六月一三日、被控訴人ハル、同儀雄に対し同年一二月二六日それぞれ本件家屋賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

(ロ)  被控訴人らは、右階下一一坪五合を転貸することについては、仁太がハルヱから本件家屋を賃借した当初からハルヱの暗默の承諾を得ていたものであると主張する。よつて案ずるに、仁太がハルヱから本件家屋を賃借し、これに居住するに至つた事情は(一)で認定したとおりであるが、なお、前示証拠に原審および当審での控訴本人、原審での被控訴本人三栄の各尋問の結果をも併せてみると、本件家屋は、八戸市でも一流の商店街である湊本町通りに面する間口四間の建物であること、仁太は、本件家屋を賃借しこれを修理改装するに当りハルヱの代理人キワから自分の好きなように直してよいと言われたので、階下一一坪五合に該る部分をば表通りに面する間口二間の独立して使える店舖すなわち前記理髪店舖とは別個の店舖としたこと、キワは、仁太が本件家屋の修理、改装を終えたころそれがどのようになされたかを知つたが、これにつき当然のことながら何ら異議を述べたり注文をつけたりしなかつたことが認められる。思うに終戦直後のころは一般に物資が著しく不足した時代であつて、建築関係資材についてももちろんその例外ではなく、その入手は容易でなかつたことは公知の事実である。かゝる状況のもとにおいて人が住むことができないほどに荒廃していた本件家屋を仁太に大修理をしてもらいこれによつて家賃収益を挙げることができるようになつたハルヱは仁太に負うところ多大であつたとみなければならない。もつとも昭和二〇年の暮に至りキワから仁太に対し本件家屋の修理に要した費用として金三、五七三円四七銭の支払があつたことは、原審および当審証人清水キワの証言と甲第五号証の一ないし三によつて認められるのであるが、このような事実があつたにせよ前記のようにみることの妨げとなるものではない。以上(一)および(五)の(ロ)で認定した事情のもとでは、階下一一坪五合の部分は、当初から立派な貸店舖の実を備えていたのであるから、本件家屋に多大の費用を投じた仁太が右の部分を貸店舖として第三者に転貸して賃料収益を計るかも知れないことは、ハルヱの代理人キワとしても当然に予想していたものと推認される。しかもなおキワが、本件家屋を仁太に賃貸するに際し将来これを仁太に売つてもよいと話していたことからみれば、当時同人は、仁太が階下一一坪五合の部分を第三者に転貸することを別に意に介していなかつたものとさえ思われるのである。現に原審および当審(第一回)での被控訴本人儀雄、原審および当審証人清水キワの各供述、これによつて真正に成立したものと認められる乙第二、第三号証(右書証中郵便官署作成部分の成立については争いがない)成立に争いのない甲第二号証によれば、仁太は、階下一一坪五合の部分で、被控訴人儀雄をして本件家屋に入居して間もないころから昭和二四年まで化粧品雑貨商を、その後昭和二五年春まではパチンコ屋を営ませ、その後は右被控訴人と訴外林某との共同経営のパチンコ屋を営ませ、更に昭和二八年一月からは前記部分を訴外山本某に転貸してパチンコ屋を営ましめたこと、ハルヱを代理するキワは、昭和二七年春ころ家賃値上要求を拒まれてからは本件家屋を明け渡せとの態度を執り、昭和二八年一〇月には仁太に対し前記賃貸借契約解除の意思表示までしたにかゝわらず、仁太が階下一一坪五合の部分を前叙のように他人に使用させていることを知りながら(キワは仁太の山本某に対する転貸は全く知らなかつたように証言しているが、山本某の氏名はとにかくも、仁太が昭和二八年一月から何人かに前記部分を転貸していることをばそのころ仁太に対し家屋明渡しを迫つていたキワが知らなかつたとは思われない)、仁太に対し一度としてこれを無断転貸であるとして問題にしたことのないことが認められるのである。以上の各事実を総合して考察すると、ハルヱの代理人キワは仁太に対し同人が本件家屋階下一一坪五合の部分を不特定の第三者に転貸することを本件家屋を賃貸した当初のころから暗默に承諾していたものと認定するのが相当である。原審証人清水キワの証言中右認定に反する部分は採用しない。

(ハ)  ところで、賃借人が、賃借建物の全部又は一部を第三者に転貸することができる、との賃貸人、賃借人間の特約が、賃借人が右建物の引渡しを受けたとき、他の賃借条件と同様にその後右建物につき所有権を取得し、新たに賃貸人となつた者によつて承継されるかどうかは問題の存するところと考えられる。思うに、借家法第一条第一項が賃借建物の引渡しをもつて建物賃借権の対抗要件とした本来の趣旨は、建物賃借人にその生活基盤である住居を確保させしめることにあるこというまでもない。しかしながら、賃借人が、賃借建物を自由に第三者に転貸できるという特約は財産権的な利益であつて、賃借人の住居の確保とは直接密切な関係はないのであるし、また不動産の転貸は、登記事項とされている(不動産登記法第一二七条第一項第五〇条)関係上それが登記されているときに限りこれをその不動産の新取得者に対抗できるものと解されるのであるから、建物賃貸借の当事者間の前記特約は、それが登記されていない以上、たんに当事者間に効力あるだけであつて、後日右建物につき所有権を取得し、賃貸人の地位を承継した新所有者に対抗し得ないと解することもできよう。しかし、当裁判所は、つぎにあげる理由により、右特約は、他の一般賃借条件と同様、そのまま新所有者によつて承継されるものと解するのが妥当であると考える。(1)借家法が建物賃借人の住居の安定、確保を図つたのと同じように、転借人の住居の安定、確保も保護されなければならない。これがためには、新所有者が、右特約を承継するものとすることが必要である。(2) 不動産賃貸借の設定登記は、制度上存するが、賃貸人の協力を得がたく、ほとんど、実社会の必要をみたすに役だたなかつたため、建物保護に関する法律、借家法、農地法などに賃借権設定登記に代わる賃借人保護の諸規定が制定されたのに、ひとり転貸のみになお登記を必要とすると解するのは、彼此権衡を失するきらいがあつて、にわかに賛同しがたい。(3) もし新所有者が、右特約を承継しないものとすると、賃借人は新所有者との関係では無断転貸をしたのと異なるところなく、ときにこれがために賃貸借を解除され、賃借人、転借人ともに住居を奪われるおそれがある。賃借人、転借人の全く関知しない、旧所有者の売買、贈与などにより、賃借人、転借人をこのような事態におとしいれることは、きわめて酷である。(4) 新所有者は、所有権取得前、十分に調査して特約の有無を確めることができるわけであり、もし旧所有者が特約のあることをことさらに秘したがため、新所有者が不測の損害を被むることがあつても、これに対する救済を求め得ないわけではなく、特約を承継するものとしても、旧所有者に比し格別の不利益を受けるものということはできない。したがつて、ハルヱが仁太に対してした転貸を承諾する旨の特約は、控訴人が、これを承継したものと認めるから、仁太から被控訴人三栄に対する前記賃貸を無断転貸であるとして控訴人がした前記賃貸借契約解除の意思表示は無効であるといわなければならない。

(六)  してみると、被控訴人ハル、同正男、同儀雄は本件家屋につきその主張どおりの賃借権を有し、これに基き本件家屋中右被控訴人らの前示占有部分を占有しているものといわなければならない。

三、被控訴人三栄が仁太から昭和三一年一月末ころ階下一一坪五合の部分を賃借し、同年二月一日から該部分を使用して写真屋および写真材料店を始めたことは前叙のように当事者間に争いないところであるが、被控訴人三栄は昭和三三年六月一日被控訴人ハルらとの間で右賃貸借を合意解除し、同日賃借部分を被控訴人ハルらに明け渡したと主張する。しかしながら仮に右主張が理由ないとしても、前叙認定したところから明らかなように被控訴人三栄の前記転借は賃貸人の予めの承諾に基くものということができるのであるから、控訴人は、被控訴人三栄に対し右一一坪五合の部分の明渡しを求めることも、同被控訴人の該部分不法占拠を理由に損害賠償を求めることもできないことは明らかである。

四、以上のとおりであるから、本件家屋所有権に基く控訴人の被控訴人らに対する本件家屋一部明渡請求および右所有権侵害に基く損害賠償請求はいずれも理由のないものといわなければならない。しかして原判決はその理由によれば不当であるが、その結論は当裁判所の右判断と一致し、これを維持すべきであるから、民訴三八四条二項によつて本件控訴を棄却し、控訴費用の負担につき同法九五条本文、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 斎藤規矩三 石井義彦 宮崎富哉)

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